【第七十一代天皇】後三条天皇

【第七十一代天皇】後三条天皇

後三条天皇御製 

 住吉の神はあはれとおもふらむ

  むなしき船をさしてきたればち

天平20年4月21日に崩御 されました。

【御名・幼名】尊仁・延久帝、金剛行
【陵所】圓宗寺陵 
即位34歳、在位5年、宝算39歳。

後一条天皇の皇太弟・敦良親王(後朱雀天皇)の第二皇子として生まれる。生母の禎子内親王は藤原道長の外孫。兄後冷泉天皇の践祚と同時に皇太弟となる。藤原能信の養女茂子を納れて妃とした。のちの白河天皇の生母である。

荘園整理事業と公定枡(延久宣旨枡)の制定、荘園整理事業のため太政官に記録荘園券契所を設置された。一方では皇室経済の強化を図り、各地に勅旨田を設定し、後三条院勅旨田の名で後世まで伝えられた。