第九十一代天皇【後宇多天皇】

後宇多天皇【第九十一代天皇】

第九十一代天皇 後宇多天皇

後宇多天皇御製 

 吹く風もをされとおもふ世の中に

   たえて桜をさそはずもがな

元亨4年6月25日に崩御 されました。

【御名・法名】世仁・金剛性 
【陵所】蓮華峯寺陵れんげぶじのみささぎ
即位8歳、在位14年、宝算58歳。
誕生 1267年12月17日(文永4年12月1日)
崩御 1324年7月16日(元亨4年6月25日)

大覚寺統の天皇。中世の賢帝と讃えられた。
亀山天皇第二皇子。母は洞院佶子。
父・亀山天皇が院政を敷き、8歳で天皇に即位。
在位中に、蒙古の兵が対馬・壱岐から北九州を襲った文永の役、弘安の役が勃発。
後深草上皇(持明院統)の巻き返しと幕府の不遜なる意向により、退位させられる。

後宇多上皇は深く仏教に帰依し、皇后の遊義門院が没すると、亀山殿の寿量院で出家した。