忘れてはならない事跡

忘れてはならない事跡
三島由紀夫大人命・森田必勝大人命 両烈士五十二年墓前祭新着!!

三島由紀夫烈土命 森田必勝烈士命 五十二年祭(日輪祭) 十一月二十五日は、三島由紀夫大人命 森田必勝大人命の祥月御命日である。 昭和四十五年十一月二十五日市ヶ谷台上にて、三島由紀夫烈士、森田必勝烈士が壮烈なる諌死を遂げら […]

続きを読む
忘れてはならない事跡
伊佐沼薬師神社-古くは境内が伊佐沼に半島状に突き出し、川越八景の一つに挙げられた
神仏習合が本来の日本の文化

明治政府が行った愚策の中でも「神仏分離」「廃仏毀釈」は、日本精神の崩壊につながる最大なものであったと小生は思っている。 
「神仏習合は神道の没落であり不浄化であった」「仏僧は、神道を揺さぶって堕落させた」とする純神道への復興の旗印のもと、至高の国家文化遺産である仏像・仏塔・鐘楼・仏具・寺院に加え、豊かに装飾の施された神社をまでもが神道建物の不適格として、「純化」の熱意の為に破壊され、僧侶も激しい弾圧を受け還俗を強制された。
神道の総本山といわれた「吉田神道」をも厳しく批判し、吉田家の特権も廃止された。
「廃仏毀釈」を、支那の文化大革命やイスラム教過激派の遺跡破壊運動という狂気の蛮行と単純に比較は出来ないが、千年数百余年の永きに亘って創り上げられた我が日本固有の伝統文化の徹底的な破壊という低俗な蛮行であった事は間違いない。

続きを読む
忘れてはならない事跡
小塚原回向院 橋本左内墓所
維新前夜の英傑たち

吉田松陰は伝馬町牢内でその死を知り、
「左内と半面の識なきを嘆ず」とその死を惜しんだ。
奄美大島で隠遁中の南洲翁は、左内とはその死を知り、
「橋本まで死刑に逢い候儀案外、悲憤千万堪え難き時世に御座候」刑死を怒り悲しみ嘆いた。 
西南戦争で敗れ、城山の地で自刃した南洲翁が携帯していた革文庫の中に、左内からの南洲翁宛の手紙が収められていた。

続きを読む
忘れてはならない事跡
殉皇十二烈士女之碑
尊攘義軍十二烈士女 七十七年祭

昭和二十年八月廟議降伏に決するや決起して内府木戸邸を襲ふ
転じて愛宕山に篭り所在の同志と呼応
天日を既墜に回さむとする者 即ち尊攘義軍十烈士
しかれども遂に二十二日午後六時 相擁して聖寿万歳とともに手榴弾を擲ち一瞬にして玉砕す
時俄に黒風暴雨満山を蔽ふ
二十七日払暁 同じき処に座して二夫人亦従容後を遂ふ
忠霊芳魂 永遠に此処に眠る 遺烈万古尽くる時なからず

続きを読む
忘れてはならない事跡
英雄 チャンドラ・ボース

インド独立の英雄 ネタジ-スバス・チャンドラ・ボース (Netāji Subhas Chandra Bose、नेताजी সুভাষচন্দ্র বসু )※ネタジ(指導者の敬称で呼ばれる) 本日は、インド独立運動の闘 […]

続きを読む
忘れてはならない事跡
大東亜戦争敗戦 七十七年を迎え

英米との戦い大東亜戦争に敗れ77年となった。
「大東亜戦争」の呼称は、昭和16年に内閣の閣議決定で定められた正式呼称である。
 大平洋戦争とは、アメリカを中心とした連合国占領軍が強要した呼称という事をご存じだろうか?
 戦争の行われた環太平洋から東及び東南アジアという地域的拡がりの観点と、「白人種」と「有色人種」の対決によりアジアの諸国が独立を勝ち取ったという観点で戦争を観れば大東亜戦争と呼ぶことが正しいのである。

続きを読む
忘れてはならない事跡
民族慟哭の日、ナガサキ原爆

長崎市への原子爆弾投下 午前11時2分。  今年も8月9日午前11時02分に非道なる原爆生体実験の犠牲になられた長崎の皆様方の無念を思い心安らかなれと1分間の黙祷を行った。 昭和20年8月9日午前11時02分、 […]

続きを読む
忘れてはならない事跡
占守島の戦い-戦車軍
北方領土奪還!反ロシアデー

全千島列島及び歯舞・色丹・国後・択捉島を即時無条件で返還せよ!
残虐な赤い独裁者スターリンが率いた旧ソビエト社会主義共和国連邦による国際法も国際信義をも歯牙にもかけず火事場泥棒の様に掠め取った全千島列島及びわが国固有の領土である歯舞・色丹・国後・択捉島をロシア共和国は即時無条件で返還せよ!

続きを読む
忘れてはならない事跡
国旗 日の丸
諸行無常の響きあり

小生は大東亜大戦後の「平和な時代」に生を受け「泰平の時代」の中で死んでいくと思っていた。
しかし、小生の生まれた時代は泰平ではなく「動乱の時代」であったようだ。

続きを読む
忘れてはならない事跡
原爆ドームと元安川
民族慟哭の日 ヒロシマ原爆

あの一瞬の火球に飛ばされ灼かれて七十七年目の暑い夏が来た。ヒロシマに原爆が投下され爆発した午前8時15分に、犠牲となられた方々のご冥福を祈り、追悼の意を表するために1分間の黙祷を行った。

続きを読む