【明朗会十二烈士女】弔魂七十七年

明朗会十二烈士女弔魂七十七年

本妙山大長寺には、大東亜戦争敗戦の混乱の時期であった昭和20年8月23日午前、明朗会めいろうかいの会員が宮城前広場で二列縦隊に並んで宮城遥拝きゅうじょうようはい後、11人は短刀で割腹したうえ喉を突いて自決し、それを見届けた日比和一会長も拳銃で自決を遂げた殉国の義挙であった。

明朗会は、日蓮の法華経をあつく信仰した日比和一氏が中心となり日本郵船の機関士親睦団体として発足した。古今未曾有ここんみぞうの国難に際し、日本国と日本国民の存立と存続は、天皇を中心とする皇室と法華経精神にあると考えていた集団である。 

この集団自決事件の事の起こりで真実は不明ではあるが、昭和天皇暗殺計の風聞を流れ聞き阻止する行動に出たのであるが無力と知り、自分たちが命を捨て人柱となり昭和天皇を暗殺する計画を阻止する為の「皇居前広場集団自決事件」であったと伝わっている。

明朗会十二烈士女
明朗会十二烈士女